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鳥取地方裁判所 平成5年(行ウ)1号 判決

鳥取市相生町二丁目四二五番地

原告

八嶋武夫

同市東町二丁目三〇八番地

被告

鳥取税務署長 安松隆司

右指定代理人

富岡淳

右同

岡田克彦

右同

毛利甫

右同

岡垣利幸

右同

井田修二

右同

筒井正史

右同

伊藤敏彦

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求及び答弁

一  請求

被告が平成三年一〇月一八日付けでした原告の平成二年度分所得税の更正のうち分離長期譲渡所得の金額四六七万六九九二円、納付すべき税額八一万七一〇〇円を超える部分(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件決定」といい、本件更正と本件決定とを合わせて「本件処分」という。)を取り消す。

二  答弁

(本案前の答弁)

本件訴えを却下する。

(本案の答弁)

主文同旨

第二事案の概要

本件は、共同相続した不動産をいわゆる代償分割により単独取得した原告が、右相続不動産の一部を売却し、その際他の相続人に支払った代償金及びその支払いのために銀行から借入れた借入金の利息相当額を右売却不動産の取得費に算入して譲渡所得の申告を行ったところ、被告は、右代償金等は取得費としては認められないとして本件処分を行ったので、その取消しを求めた事案である。

一  本件の事実経過

1  原告は、昭和五七年三月二七日死亡した故西村文子の相続人として他の相続人五名とともに、別紙物件目録記載の不動産を共同相続した。

2  その後、原告は、共同相続人間の遺産分割協議により、前記不動産を単独取得する代わりに他の相続人に対して代償金として合計三〇〇万円を支払うこととし(以下「本件代償分割」という。)銀行からの借入金五〇〇万円の一部を右代償金の支払いに充てた。

3  原告は、平成二年七月二七日、別紙物件目録番号1及び2記載の土地・建物(以下「本件物件」という。)を代金一一五〇万円で売却し、右売却による譲渡所得の申告に際し、本件代償分割に際して支払った代償金のうち本件物件の価額に対応する二五〇万円(以下「本件代償金」という。)及び前記借入金利息のうち本件代償金額に対応する一一一万八二八〇円(以下「本件利息」という。)を本件物件の取得費に算入して申告をしたところ、被告は、本件代償金及び本件利息を取得費に算入することは認められないとして、平成三年一〇月一八日、本件処分をした。

4  原告は、本件処分を違法であるとして、被告に対して異議申立をしたが、平成三年一二月二五日付けで棄却され、更に国税不服審判所長に対し、審査請求をしたが、平成四年一〇月二八日付けで棄却され、右採決は、同月三〇日、原告に通知された。原告は、これを不服として、平成五年二月一日、当庁に本件訴えを提起した。

二  争点

1  出訴期間の遵守の有無

(被告の主張)

取消訴訟は処分があったことを知った日から三箇月以内に提起すべきであり(行訴法一四条一項)、審査請求に対する採決を経た処分の取消を求める訴えにおいては、右出訴期間の起算点につき、当該採決があったことを知った日を期間に算入すべきものと解されている(同条四項、最高裁昭和五二年二月一七日第一小法廷判決)。

本件においては、原告の審査請求を棄却する旨の採決書の謄本が平成四年一〇月三〇日に原告に送達され、原告は、右同日に右採決があったことを知ったのであるから、本件処分の取消訴訟の起算点は右同日であり、本件訴えは遅くとも平成五年一月二九日までに提起しなければならないところ、原告は、同年二月一日に提起したのであるから、本件訴えは出訴期間経過後に提起された不適法なものである。

(原告の主張)

原告は、本件訴えを提起するに当たり、鳥取地方裁判所に赴いて出訴期間の満了日を尋ねたところ、平成五年二月一日が満了日である旨の説明があったので、それに従って本件訴えを提起したものであるから、仮に出訴期間を徒過したものであるとしても、本件訴え提起は適法である。

2  本件処分の適法性(代償分割における代償金等を譲渡所得の取得費に算入することの可否)

(被告の主張)

(一) 譲渡所得の課税は、資産の値上がりによる増加益を当該資産が他に移転するのを機会に課税しようとするものであり、資産譲渡による総収入金額から資産の取得費(資産の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の合計額)を控除して右増加益を算出するものであるところ(所得税法〔以下、単に「法」という。〕三三条三項、三八条一項)、相続(限定承認に係るものを除く。以下同じ)により取得した資産を譲渡した場合には、相続による資産の所有権の移転があったとしても、相続人が当該資産を相続前から引続き所有していたものとして増加益を算出することになるから(法五九条一項一号、六〇条一項一号)、右取得費とは、被相続人が当該資産を取得するのに要した金額をいうものと解すべきであって、代償分割という遺産分割のために原告が負担した本件代償金債務はこれに該当しないというべきである。

また、本件代償金が取得費に当たらない以上、本件利息も、取得費に該当しない。

(二) 原告は、被告の主張(一)の解釈を前提とすれば、他の相続人が自己の相続分を譲渡して受け取った代償金による譲渡益を原告が本件物件を譲渡した際に一身に負担することになって、共同相続人間の公平を著しく欠き、憲法一三条、一四条に違反する旨主張するが、原告のみが譲渡所得に対する課税を受けることになるのは、原告が遺産分割協議により増加益のある不動産を分割取得することを選択したことによる当然の結果なのであり、右結論を導く法の定めにも何ら憲法違反の事実はないのであるから、原告の右主張は失当である。

(三) 本件更正は右のとおり適法であり、原告が過少申告したことについて国税通則法六五条四項に規定する正当な理由があるとは認められないから、本件決定も適法である。

(原告の主張)

(一) 遺産を代償分割の方法で分配するという遺産分割協議は、共同相続人間における相続分の一種の売買契約であり、本件代償分割により原告は他の相続人に対して本件代償金を支払って本件物件を買い取ったことになるから、原告が本件物件を譲渡した際の譲渡所得の金額を計算する場合においては、原告の本件代償分割による本件物件の取得は、法六〇条一項一号にいう「相続」には該当せず、本件代償金を取得費として控除すべきである。

(二) 原告は、他の共同相続人らに本件代償金を支払うために銀行から借入をして本件利息を支払ったのであるから、本件物件の譲渡所得の金額を計算する際には、本件利息についても、取得費として控除すべきである。

(三) 被告の解釈を前提とするならば、他の相続人が自己の相続分を譲渡して受け取った代償金に含まれるべき譲渡益に譲渡所得の課税はなされず、その譲渡益を原告が本件物件を譲渡した際に一身に負担することになるから、共同相続人間の公平を著しく欠き、憲法一三条、一四条に違反する。

第三争点に対する判断

一  争点1(出訴期間の遵守の有無)について

1  前記のとおり、本件処分に関する国税不服審判所長の採決が原告に通知されたのは、平成四年一〇月三〇日であり、したがって、本件取消の訴えは、平成五年一月二九日までに提起しなければならないところ、原告がこれを提起したのは、同年二月一日であったから、本件訴えは、行訴法一四条一項、四項に定める出訴期間経過後になされたものである。

2  ところで、右出訴期間は不変期間とされ(同条二項)、その追完が認められているので(同法七条、民訴法一五九条一項)、期間の不遵守について原告の責めに帰することのできない事由があったかについて検討する。

(一) 原告は、これについて初日不算入を前提に期間の末日は、平成五年一月三〇日であるところ、同日は土曜日であったため、民訴法一五六条二項により月曜日である同年二月一日に本件訴状を提出したものと主張し、また、原告本人尋問において、同年一月二八ないし二九日ころ、本件訴状の草案を持参して当庁民事部受付に赴いたところ、受付担当職員から出訴期間の末日について右原告の主張と同趣旨の説明を受けた旨供述している。

(二) 確かに、行訴法一四条四項の期間について初日を算入すべきことは最高裁の判例により明らかにされているところであるが、右初日算入は訴訟手続上の期間計算方法としはむしろ例外的なものであり(民訴法一五六条一項、民法一四〇条、刑訴法五五条一項、行政不服審査法一四条一項等参照)、原告を含む一般人に周知されていたとは認めがたいうえ、原告が期間の末日ころになって訴状の草案を当庁に持参しながら、当日これを提出していないことなどからすると、当庁担当職員が出訴期間について原告主張の趣旨に受け取られるような説明をした可能性も否定できないところである。

また、行訴法一四条の定める出訴期間の趣旨は、行政上の法律関係の安定を図る見地から処分等の効力を早期に確定させることにあると解されるところ、本件において、原告が徒過したのはわずか三日(休日を考慮すればわずか一日)であり、前記事情によりその追完を認めても、右法の趣旨を無にするものとは考えられない(むしろ、同条四項後段の趣旨とも符合するものと解される。)。

3  以上の点に鑑み、本件においては、その出訴期間の徒過は原告の責めに帰することができないものであったとして、民訴法一五九条の法意により不変期間の追完を認めるのを相当と判断する。

二  争点2(本件処分の適法性)について

1  本件代償金及び本件利息が、本件物件にかかる譲渡所得の金額の計算上、取得費に算入されるべきか否かについて検討する。

譲渡所得の課税は、資産の値上がりによる増加益を当該資産が他に移転するのを機会に行われるものであるが、その金額計算においては、法は、資産譲渡による総収入金額から資産の取得費(資産の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の合計額)を控除して右増加益を算出すべきものと定めている(法三三条三項、三八条一項)。そして、贈与、相続又は遺贈により取得した資産を譲渡した場合においては、その所得者が資産を他に譲渡した際に、当該資産を右取得前から引き続き所有していたものとして譲渡所得の金額を計算すべきものとされている(法五九条一項一号、六〇条一項一号)。

一般にどのような所得についてどの段階で課税するかは、税制上の立法政策の問題であるが、右法の規定は、贈与のような無償譲渡行為や相続、遺贈のような包括承継にあっては、譲渡による資産の増加益が具体的に顕在化しないため、このような場合には、その取得者が引続きこれを所有していたものとみなすことにより、右資産が転売されるなどして最終的にその増加益が顕在化した時点でこれを捕捉し、課税しようとしたものと解され、その課税方法に特段不合理な点は認められないことはいうまでもない。

本件では、原告が代償分割により取得した本件物件を譲渡した場合の譲渡所得の金額計算が問題となっているのであるが、代償分割は、共同相続人間の遺産分割方法の一つであり、相続人の一部に現物資産を相続させる代わりに、相続財産の公平な分配を図るという観点から、他の相続人に価額調整のため一定の代償金を支払うというものであるから、右代償金債務は、原告が主張するような本件物件を買い取るための代金債務的性質のものではなく、包括承継人相互間の内部的分配方法に過ぎないものである。

確かに、各相続人は相続の開始と同時にその相続分に応じて遺産全体及びこれを構成する各資産について共有持分を取得するのであるから、他の相続人に代償金を支払って遺産の全部を取得した相続人は、一見他の相続人の持分を有償で取得したかのように見えないわけではないけれども、そもそも遺産共有は、遺産分割により各相続人が確定的に各資産を取得するまでの暫定的、観念的なものに過ぎず、早期にこれを解消することが予定されているものであるうえ、遺産分割の効果は、相続開始時に遡るのであるから(民法九〇九条)、本件の場合、原告は、相続開始時から本件物件を(その増加益を潜在的に内包した状態で)相続承継したことになるのであり、本件物件も、法六〇条一項一号の「相続」により取得した財産に該当することは明らかであり、相続前から引き続き所有していたものとして譲渡所得の増加益が算出されることになるから、本件代償金は、本件物件の取得費とはいえないことになる。よって、本件物件の譲渡所得の金額の計算上、本件代償金を取得費に算入することはできない。

また、本件利息は、本件代償金を支払うための借入金の利息であるから、本件代償金が取得費に算入されない以上、本件利息も取得費には該当せず、本件物件の譲渡所得の金額の計算上、取得費に算入することはできない。

2  これに対して、原告は、右解釈を前提とすれば、他の相続人が自己の相続分を譲渡して受け取った代償金による譲渡益を原告が本件物件を譲渡した際に一身に負担することになって、共同相続人間の公平を著しく欠き、憲法一三条、一四条に違反する旨主張する。

しかしながら、他の相続人が受け取った本件代償金は、本件代償分割という遺産分割に基づき、相続によって取得した金銭ないし金銭債権であるから、相続税の課税対象となることはあっても、法律上譲渡益として譲渡所得の課税をすることはできないものであるうえ、結果として原告のみが譲渡所得の課税を受けた形になるのも、原告が他の相続人との遺産分割協議の結果、代償分割によって増加益のある現物資産たる本件物件を取得することを選択したことによる必然の結果であり、原告主張のような共同相続人間の不均衡を避けようとすれば、単に遺産分割の際に譲渡益課税の点を考慮して代償金の額を定めればすむことであるから、前記法解釈は、何ら共同相続人間の公平を欠くものとはいえず、したがって、憲法一三条、一四条に違反するものでないことはいうまでもない。

3  以上のとおり、被告のした本件更正は適法であるから、原告が過少申告したことについての正当な理由(国税通則法六五条四項)も認められず、したがって、被告が同条一項に基づいてした本件決定も適法である。

三  結論

以上のとおり、原告の本件処分の取消請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については、行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前川毅志 裁判官 曳野久男 裁判官 佐々木信俊)

物件目録

〈省略〉

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